~300年保つものを、地道にコツコツと~仏画を手掛ける和尚さん

長野県筑北村

ヤマグチ カツト

山口 勝人

1945年長野市生まれ。東京芸術大学の工芸科でデザインを学び、卒業後は地元の百貨店の宣伝部で働く。その後、平成4年に冠着山安養寺(真言宗智山派)を継ぎ、現在住職を勤める。仏画師としても活躍し、時代に合わせた仏教の教えを説いている。

一どんな活動をしていますか?

 私は和尚ですので、本堂で護摩(※1)を焚くこともあれば、葬儀や法事で出掛けることもあります。春と秋はおひまちという行事があり、自分の担当エリアを一軒一々回ってお経をあげます。夏は夏で棚経というのがありまして、同じく地域を回って先祖供養をします。他にもお寺でやっている行事としては、風祭(※2)、涅槃会(※3)、お月見、大みそかの二年参りなど・・・・こうして考えると結構色々あるね。それから時間がある時には仏画を描いています。現在九州と四国のお寺に依頼を受けています。他にも曼荼羅は描き始めて1年が経ちましたけど、まだ半分も出来ていません。真言宗という宗派の特性上、様々な仏様を描くことができるのですが、自分にとってはなんというか、非常にピッタリくるものがあります。

※1護摩(ごま)   ・・・供物を燃やし仏様にお祈りする行為のこと
※2風祭(かざまつり)・・・台風の時期などに、風害から作物を守るよう祈願する行事
※3涅槃会(ねはんえ)・・・お釈迦さまの忌日に行う行事

一はじめたきっかけはなんですか?

前の住職は私の親戚にあたるのですが、その住職が平成3年に亡くなってしまい、後継ぎを探していました。私はもともと仏教やお釈迦さまというものに興味があり、松代のお寺で行われている座禅会にもよく参加していました。それからインドに1年半放浪に行ったことなども重なって、住職になるのにそんなに抵抗が無かったのです。そんなワケで、「下地があった」というか、「導かれてきた」という感覚ですね。それまでは正直住職になるつもりなんて全然ありませんでしたよ。 それから仏画師として活動するようになったのは、そもそもこのお寺には檀家(※4)がなく、自分で仕事を見つけて稼ぐ必要があったからです。普通檀家の無いお寺の住職さんは働きに出るのですが、私は仏画を描いて仕事にしているのです。

※4檀家(だんか)・・・お布施によってお寺を支える家のこと

  • お釈迦さまが説いた『中道の思想』。あまりきつくてもゆるくてもいけないという意を分かり易く表現。

  • 現在依頼を受け製作している仏画。深みのある力強い青。岩絵の具を使用しており、同じ青でも50種類近くあるそうだ。さらには粒のサイズも違ってくるそうで、それをすべて使い分けている。手がけた仏画は1000年保つようにと願いを込めている。

一一番大切にしていることはなんですか?

 自分に出来る方法で自分に出来ることをやろうと思っています。例えば仏画の他に、イラスト風の可愛らしい仏様も描くようにしています。やはり仏画ですと、どうしても硬い雰囲気になってしまいますよね。ですから玄関に飾れるような「気楽さ」が欲しいと思い描きはじめました。仏教がすたれて久しいですが、お釈迦さまがおっしゃっていたことは3000年近く経っても普遍なのです。というのは、人間は昔と全く変わらないことで悩んでいます、どんなに科学が進んでも、人間として宿命的に背負っているものがあり、そこから来る悩みはお釈迦さまが悩んでいた悩みと一緒なのです。そういったお釈迦さまが残した言葉を、私はイラストなどで表現しますが、要は昔とは違ったアプローチで仏教を説いて、堅いイメージを払拭しようという想いです。

一今後の目標を教えてください

 先ほど申し上げたこと(大切にしていること)を「地道にコツコツ」とやっていきたいです。決して大がかりなことをしようとは思いません、継続は力なりです。それから自分の希望さえ失わずにいれば、必ず夢は実現します。そういう強い想いを持っていると自然に導かれていくのです、本当に不思議なものです。

アピールポイント

安養寺の周りは森に囲まれている。ちょうどこの日村内では雪が降り、景色が美しかった。このような田舎に素晴らしい仏画師さんがいるとは、ますます筑北村に興味が湧く私であった。

-コーディネーター紹介-

ID183 長野県筑北村

ちくほくむらちいきおこしきょうりょくたい

筑北村地域おこし協力隊

筑北村地域おこし協力隊