無農薬自家栽培した藍で、江戸時代から伝わる伝統製法「天然灰汁発酵建て」をまもる藍染師

群馬県片品村

ヨシダ ツネオ

吉田 恒雄

1950年愛知県出身。父親の跡を継ぎ染色の道へ。藍を自家畑で無農薬で育て、化学薬品を一切使わない「天然灰汁発酵建て(てんねんあくはっこうだて)」で藍染めを行っている。会社員時代の肩書きはアートディレクター。2012年片品村へ移住。趣味は山歩き。

一どんな活動をしていますか?

「藍工房しげ八」で藍染めの体験と、自分の作品づくりをしています。薬品を使わない藍染めですから、藍を自分で育てて作る。年中その準備です。春になれば畑に種まいて、夏になったら刈取りして、刈り取ったのを乾燥して、発酵させて「蒅(すくも)」という藍染めの原料にして、常に温度管理する。それがざっくりした流れです。蒅(すくも)と、木灰から採った「木灰汁」を主原料に、アルカリ度調整用の石灰、そして発酵菌の栄養素として日本酒、小麦の外皮ふすまなどを加え、液を発酵させ染色出来るようにすることを「藍を建てる」と言います。  藍は種をまいて大体3か月で収穫。ここは霜がおりるので、GW頃に種をまいて、8月頃に一回目の刈り取りをするかな。それから乾燥して、手で茎から葉をむしって葉っぱだけにして、それをケースに入れて、水をかけて発酵させて蒅(すくも)にします。発酵は、その年の気温などによって前後しますが、約2か月かかります。僕の場合は年間通して23度前後でキープ。今は冬なので毛布をかけて、ヒーターを入れています。  灰にお湯を入れて、2-3日置いておくと灰が沈んで上澄みだけになるので、それを灰汁に使います。いわゆるアルカリ水ですね。灰も非常に重要なんですよね。暖房に薪を使って、その灰を灰汁にします。自分の家の分だけでは足りないから、ご近所さんが灰を持ってきてくれたりしてね。今の時期は薪も割らなきゃいけないですから大変ですよ(笑)。 実際の染める作業よりも、そういう作業の方が大変で手間がかかります。この作り方をしていたらペイできないですから、一般に売っている藍染め製品はほぼ化学薬品を使っています。化学合成されたインディゴを使ったり、苛性ソーダを入れて、ハイドロで還元すれば手っ取り早いですから。発酵させなければ温度管理も全然関係ないし。自分は人と同じことはやりたくないというか、ちょっと偏屈なんです(笑)。

一はじめたきっかけはなんですか?

 父親が繊維・染色を扱っていたので、後を継ぐために修行をしたのが始まりです。その頃は藍染め以外の染色もやっていたのですが、20代の後半で父親が亡くなって、独り立ちするのに色々やるのは厳しかったので、藍染めに特化しました。30年間はサラリーマンと二足のわらじ。稼ぎの面で藍染めにしがみつかなくてもよかったので、この製法を続けられたというのもあるかもしれません。趣味が山歩きや登山なので、あまり近代的なものより、天然のものが好きですしね。  片品に来たきっかけは、空気と水がきれいで、工房用の適度なスペース、山が近くに見えて行きたい時に行けるロケーション、近くに畑が借りられるという条件で探して、空き家バンクで見つけました。片品に来たのは本当にたまたまです。初年度は持ってきた種を蒔きましたが、そこから種を採って育てているので、今は藍も100%片品産です。  田舎暮らし自体は、ここに来る前、練習という感じで2か所で経験していますし、何も知識がなく、誰も知り合いがいない状態で来ているので、イメージと違うとか驚くということはなかったですね。  近所の人から「寒いだろう」と心配されましたが、以前住んだ長野や滋賀に比べれば全然。良かったなと思うのは、適度な人の距離感。この越本地区は民宿街で、客商売の人が多いというのもあるのかもしれませんが、普通イメージする田舎より適度な距離感でいてくれるので、僕には非常に合っていて、居心地がいいです。

  • 藍の葉を手作業で茎から切り離す。「この作業はなかなかやってられないですよ」と笑う吉田さん。

  • 発酵でできる「藍の華」。藍の調子を見る指標になる。

一一番大切にしていることはなんですか?

 仕事や人、全てに対しての「思いやり」です。注文を受けて染色をしていて、どうしても藍の調子が悪くて、「薬品使いたいなぁ、手っ取り早いなぁ」という誘惑に負けそうな時もある。それに打ち勝つのは、お客様や、自分のやってきた仕事・自分自身に対する思いやりです。最後まで天然灰汁発酵建てでやるという、今までの「藍工房しげ八」としてのプライド・こだわり。納期が間に合わないから薬品を使いましたって言ったら、お客さんに対しても失礼ですしね。  染めた直後は、薬品を使ってても天然でやっても見た目はわからないんです。ただ染めて2,3年すると明らかに違いは出ます。色のあせ方が違いますから。こだわりと思いやり、誤魔化さないということかな。それだけは何があっても守ります。  それから、藍染め製品を持っている方にお伝えしたいのは、しまい込まないで欲しいということ。どんなに高いものでも、年に1度しか使わないのでは意味がない。使ってこそ意味があります。使ってもらってこそ嬉しい。ましてや藍染めはもともと庶民のものですから。

一今後の目標を教えてください

 2年後くらいに、海外での個展を計画しています。藍はもともと庶民のもの。藍染めはシルクやウールは染まりにくく、綿・麻の染色がメインですから、農作業用とかに使ったんですね。それがだんだん、タイなどからシルクが入ってきて、藍は「染まりにくいけど、染められる」ということで、希少性が出て、シルクの藍染めをステイタス的な感じでお金持ちも着るようになったのです。でも、元をただせば庶民のものです。  片品の家庭で味噌を作るのと同じように、各地域で藍染めもしていたんじゃないかな。天然灰汁発酵は、日本でも本州だけのものです。沖縄には琉球藍・北海道には蝦夷藍というのがありますし、海外ならインド藍というのもありますが、使っている植物や製法が違います。  海外で個展をやるのは、大げさに言えば、日本の文化というか、そういうものを知ってもらいたい。発酵に関して日本は経験値がすごくありますからね。  個展の時は素材もこだわって、群馬シルクの「ヨロケ織り」を使います。ウェーブが出た美しい織り方で、それで作ったストールなんて素晴らしいですよ。それをこの藍で染めたら、どこに出しても恥ずかしくない自信があります。シルクを染める時は藍も少し調整します。シルク製品でもちょっとニッチで専門的ないいものが群馬にはあるんです。群馬は繭を生産するだけでなく、そういう素晴らしい加工技術もあるということをヨーロッパなどに是非紹介したいですね。  あとは、僕ももう若くないし、これを誰か覚えてくれて、継承してくれるような人が身近にいればいいなというのはありますね。刈り取りや、乾燥した葉をむしる作業もあるし、やることはいっぱいあるんですよ。僕もなかなか自分の作品を作る時間がなくて(笑)。他の仕事をしながら、時間のある時だけでもいいので来て、興味が湧かなければ別にいいし、もし興味があれば、こういうのが本来の藍染めだよっていうのを覚えてもらえればいいなと思います。

アピールポイント

貴重な天然灰汁発酵建てを、個人、ご家族連れ、友人グループなど誰でも気軽に体験できます。 「藍工房しげ八」の大きな魅力は、体験の時間制限を設けていないこと。染める回数や時間によって色の発色が変わるという天然藍の特性をわかっている吉田さんの工房だからこそ、自分のこだわりに合わせて、たっぷり時間をかけて作業をすることができます。もちろん、短時間での体験も可能です。

工房より歩いて10分程の畑で藍草(蓼藍草)の栽培観察及び刈り取り体験なども出来ます。
*夏場限定。 刈り取り体験の場合は事前連絡をお願いします。
藍染め初心者様から経験者様までご希望に応じたアレンジも可能です。
(素材・絞りデザイン・グラデーション・濃淡・糊置きなど)

営業期間:体験日は原則として土日、祝日および各季節の休暇シーズンとなります。 *但し、2週間前までのご予約で平日受付も可能です。
営業時間:8:00~20:00

所在地:〒378-0413  群馬県利根郡片品村越本1211
http://shigehachi.jp/
※吉田さんの作品は現在工房での常設展示や販売は基本的に行っていません
(photo by 杉山正直)

-コーディネーター紹介-

しげ八さんの工房は居心地がよく、取材に行くといつも長居をしてしまうのですが、今回の取材の中で「思いやり」に関する話を初めてお伺いして、ものすごく腑に落ちたと同時に、自分の人生にとって貴重な言葉を聞くことができたなと感じています。 「東京オリンピックで「おもてなし」という言葉が話題になりましたが、おもてなしというのは上から目線な言葉です。おもてなしより思いやりが大事。思いやりのないおもてなしなんて化けの皮がはがれますよ」 「自分は偏屈だけど、生き方はファジーなんです」 知識や人生経験が豊富で自由なしげ八さんと話しながら、自然の力を生かした天然藍で藍染めができるのはとても貴重な時間です。皆さんもぜひ遊びに来てください。

ID117 群馬県片品村

ほんま ゆうみ

本間 優美

1982年東京都生まれ。大手通信会社でのサラリーマン生活を経て、趣味の山登りがしやすい環境を求めて片品村に移住。新米猟師。 尾瀬国立公園で増えすぎた鹿の問題を多くの人に知ってもらうべく、地域で排出された獣革を商品化する「尾瀬鹿プロジェクト」に「尾瀬鹿工房かたしな」として取り組んでいる。