商売魂で川本町を盛り上げる、アクティブおじいちゃん!

川本町

たたらきよのり

多々良清宣

「ヤマザキYショップかないや店」を経営。川本町生まれ川本町育ち。進学をきっかけに上京。東京で就職するも、家業の商店を継ぐため25、6歳で川本町へ戻る。お父さんの料理教室に参加。社交ダンスが趣味。また、祭りでは地芝居を披露する。多趣味でアクティブ。

一どんな活動をしていますか?

「ヤマザキショップかないや」を経営しています。もともと豆腐屋でしたが、祖母の代から様々な食品を扱う商店になりました。大変だし、失敗をすることもありましたが、猫の額ほどの大きさのお店から少しずつ大きくなっていきました。ヤマザキショップになったのは15年ほど前です。

一はじめたきっかけはなんですか?

川本町はね、商業ゾーンとしては素晴らしい町だったんです。それが理由です。この町は、他の町から何かの商売で入ってきて成功した人が多いんですよ。島根の他の町は、米子から松江・出雲を経由して商品が入ってくる山陰のルートを通る流通形態が多いんです。でもこの川本町というのは、広島に繋がるルートがあるんです。この独特な物流ルートの面白さが商売人を惹きつけたんでしょうね。また行政の出先機関があったため、当時は接待のための飲み屋や料亭なんかも多かったですよ。金融機関も一通り揃っていました。物流プラスそのような(様々な産業と人口の)活力があり、そういう町の魅力が、この町に帰って商売をする動機にもなりました。「この町なら何かできるんじゃないか」そういう自信があの時代にはあったんです。だからこそ、一度は東京で就職もしましたが戻ってきて家業の商売を継ぐことにしたんです。

一一番大切にしていることはなんですか?

人の繋がりっていうのはものすごく重要で、ないと生きていけないと思いますね。やっぱりこういう小さな町なので。それほどの人口と購買力がある町ではないからこそ、人と人との付き合いの中で生まれてくる商売ってたくさんあるんですよね。また、町の行事を支えていくのもまた人の交流です。例えば宮でも祭りでも、商売人が支えていかないといけません。自由業の人がお金を集めて、「やろう!」という気概を持たないと継続できないし、なくなってしまうんです。このような繰り返しによって生まれる「結束」が大切だと思います。

一今後の目標を教えてください

人と人の繋がりを維持することが大切だと思います。夏祭・秋祭・産業祭など、町のイベントは毎月のようにあるけれど、徐々に縮小したり廃止になったりしているんです。やっぱり、人と人の付き合いから輪を広げなければいけません。地域に関心がなく外に目が向いている人もいますが、そういう人も巻き込んでいかないと町が寂しくなってしまいます…。例えば自治会の運動会は、町民同士が顔を見合わせて人と人を繋げるイベントなんです。こういうのがなくなると、少しずつ人間関係が希薄になっていきます。ささやかなものでも、継続する努力をしなければいけないと思います。若い人のアイディアで何か変わったことをしても面白いと思うんです。バカになってひたむきにやる人が多いほうが面白いですからねぇ(笑)。
また、若い人と年寄りの一体感がもっとあったら良いなあと思います。以外とこの町には、グループがたくさんあるんですよ。年寄りのグループでいえば、毎週土曜のグランドゴルフとかは50人近くの人が参加するんです。わたしも、料理教室や社交ダンス、地芝居などに参加しています。一方で、若い人のコミュニティーもたくさんあるんです。小学校のPTAのバレーボール、大きな図書館の児童図書コーナーを通じた親御さんの繋がりとかね。けれど、若い人と年寄りの接点があまりないというか、一体感がいまいちないんです。20、30代の若い人と60・70代の年寄りの間を結びつける人が少なくなっているように感じるんです。若い人と年寄りが一緒にできる何かがあったら面白いのかもなあ。これらのコミュニティーが同じ方向を向いて一丸になって地域の行事に関心を持ち、川本町を盛り上げていくことができたらいいだろうなと思っています。

編集後記

竹川星香(たけかわせいか)20歳
「若い人の感性でいろいろなことをやってほしいですよね。だってね、やっぱりね、発想が違うからね。」
———新しいアイディアを貪欲に取り入れ、本当に良いものは継承し続ける。そんな多々良さんのアクティブな精神を感じられるインタビューでした。アクティブに多趣味を謳歌する多々良さんの姿はパワーに溢れており、まだまだ町には勢いがある、そう感じられました。今住んでいる町民同士の関係を少し工夫するだけでも町のさらなる活気に繋がるのだろうと思いました。

-コーディネーター紹介-

島根県

だいがくせいらいたー

大学生ライター