町民の想いを形にするプロセスの大切さ

島根県津和野町

きしだ あつこ

岸田 亜津子

福岡から12年前に津和野に移り住み、 PTA副会長・自治会長・つわの暮らし推進課・教育委員会を経てNPO法人ミライノタネを設立。フリーの活動として企業研修講師やキャリアカウンセラーも担う。女性会議をきっかけに、行政主体から民間主体で、町民の意見を具現化する事を目的に「Lady go ~Tsuwano~」を設立。津和野町から委託を受け、現在14名のメンバーで活動を進め、現在に至る。

一どんな活動をされていますか?

子供たちにキャンプなどの自然体験から学ぶ場を提供する「NPO法人ミライノタネ」(以下ミラタネと記載)や、町民と行政の架け橋となり津和野の移住定住を後押しする団体「Lady go ~Tsuwano~」(以下エルゴと記載)を設立、運営しております。

福岡から12 年前に祖母がいる津和野に移り住み、保育園のPTA副会長を担った時に、当時飲み会に出席するのは父親というのが主流な中、母親が集まれるよう「女子会」として企画したところ、とても好評だったんです。その時に、女性が集まる場所が少ないこと、でも実はととても必要で大事なことなのではないかと感じました。

ちょうど同じ頃、エルゴの前身となる、津和野町総合戦略に基づく「女性会議」がスタートし、私は第1期メンバーとして参加をしました。そこでは参加した女性たちが、それぞれの日常生活から課題を見つけ、その問題に関連する情報を調べ解決策を考え、「女性が住みたいまちづくり」のために行政に助言提言した結果、「特定不妊治療の助成枠の拡大」「レディース健診の休日枠設置・無償化拡大」「産後ケアのための母親健診創設」など8 項目が行政の施策に反映されるに至りました。

今までは自分のわがままな考えだと思って口に出さなかったことが、女性会議の意見として挙げた事で行政に届いたという経験は、参加したメンバーにとって、自分の意見には価値があり、津和野町民の生活をより良くできる可能性があるという意識の変化を生みました。この意識が町全体に広がれば、津和野町全体が革新的に変わると思い、女性会議として6年の活動期間を経て、歴代メンバーの中の有志でエルゴを設立しました。

また、子どもの教育という面では、津和野で生活をし出して2年くらい経った頃だったでしょうか、甲子園に出場した県内の高校生が、テレビのインタビューで将来なりたい職業を聞かれ、「公務員」と答えているのを聞いて、夢や希望に満ちた子どもの選択肢が限られている事に衝撃を受けました。福岡県で甲子園に出た球児たちは一流企業への進路を考えるのが一般的のように感じたからです。津和野の子どもはとてもいい子(優しい子)ばかりだと感じます。

そして優しい子であることが大事であるような価値観もあるように感じます。でも、私には優しいだけで果たしてたくましく生き抜く大人になれるのだろうか。という疑問がありました。その子が自分の個性を発揮し、たくましく生きていける大人に育つには、自ら考え・判断・創造できる能力を伸ばすことが必要です。そのために、学校教育だけではなく、津和野の美しい自然でおもいっきり自分を解放して遊ぶ体験を通して、自分の考えで行動することの楽しさを知り、自信をつけることができる環境が大事なんじゃないかと考えました。

そういう場を、私たち大人も楽しみながら創っていけたらと「NPO法人ミライノタネ」を設立しました。設立して4年目になりますが、町内だけでなく、益田市や山口市などの近隣の市町村や、姉妹都市である東京都文京区の子どもたちにも、津和野の自然の中でのキャンプなどを通して、自分で考え・挑戦をできる場を提供しています。

一今やっていることについての課題はなんですか?

細かいことはたくさんありますが、本質的には、いかに自分たちの生活を誇れる町民を増やせるか、という事なのではないかと思います。一人ひとりのこの町での生活満足度をいかにあげるか、この町での生活の価値をいかに体感してもらえるか。その方法として、エルゴではポータルサイトの公開に向けて準備を進めています。

津和野町には、観光向けのサイトはたくさんあるんですが、町民が欲しい情報がなかなか探しにくいことが課題だと思ってます。新聞は若い世代は取ってないし、町民に民間のイベントや習い事などの情報を知らせることがなかなか難しいのです。ただ情報を載せるだけではなく、町民1人ひとりの想いを感じられる記事を載せていくことを大事にしながら、生活がより豊かになるようなサイトにしていきたいと思っています。

専門の業者を使うわけではなく、自分たちで作っていくので、メンバーにとってはほとんどが初めての経験です。でも、自分たちの生活をより良くするためにという気持ちからスタートして、「自分には特別な能力はないけど、どうにかやってみよう」という気持ちや、いままで知らなかったスキルを見て、「できるようになりたい、挑戦しよう」とチャレンジする意識を醸成していけたらと思っています。どんな形にしていくのか?どうやって実現していくか?自分たちで模索しながらやっていくことが大事だし、誰かや何かに頼らずに自分たちのスキルを上げていく、町づくりを通して成長していくことがコンセプトだと考えています。

またエルゴでは津和野町で生活する上での課題をおしゃべりしながら洗い出す「お茶会」という事業も行っているんです。
そこで出てきた「こういうのは困ってる。もっとこうだったらいいのにね」という想いを、何が課題でどうすれば解決されるのかという視点で、メンバーで共有し、分析検討していくと、その意見が実は社会的にも課題だったり、町への移住定住促進のためにとても大事な事だったりすることに気が付くんです。

このリアルな体験談から深めていく、というプロセスが大事で、調べていくことで町の仕組みを理解していけますし、良くなるためには何ができるかを考えるので、最終的に津和野の生活に新たな可能性を感じられたり、自分たちの力でより良い環境に変えていける自信に繋がっていったりするんです。

でも、私たちはこれまでの女性会議の活動を通してそのプロセスに価値があることを経験することができたけど、それを知らない人はたくさんいます。お茶会に参加してくれた方々が、出てきた意見に対して「誰かに変えてもらおう」ではなく、「自分たちには何ができるのか」、そして、「行政とどう連携を取っていくか」という視点に自然と変わっていってくれることが目標ですし、課題です。田舎は民間や個人だけではなかなか実現が難しいことが多く、行政に頼りっきりになりがちです。私たちのような民間や個人が町の課題を自分事として捉え、行政と調整・連携して解決方法を探っていくという考え方も活動を通して徐々に醸成していけるといいなと思っています。

一課題を乗り越えたらどんな可能性がありますか?/ITを使ってできそうなことはなんですか?

何かイメージした事の実現に向けて動く事は、もの凄く奥深くて大変な事なんですよね。パソコンなどを使い慣れない人にとってはITはかなりハードルが高いです。でもどれだけ大変な事でも、目的が明確で、自分たちでやる事に価値があると思えれば挑戦できます。

エルゴのポータルサイトの構築作業自体は業者に依頼していますが、そのやりとり(ロゴやメインビジュアル、コンセプトや構成、内容、文章など)はメンバーと一緒に進めました。どの場面でどんな情報が必要か想像を膨らませていく事や、やり取りを見て学んでもらえていると思います。知識が広がり、やりたい事とできる事のギャップを感じる事で、そもそもどんな作業工程やスキルがあるのか知らない状態から、欲しいと思った時に調べることができるようになったり、誰に聞けばいいのかが分かるようになったりしてきます。

だからこそ最初はある程度ITに知見のあるメンバーが入ってもらって、そのやり取りを見て今のメンバーが感じ、学び、「私もやってみたい」「なんかやってみよう」という自分で動くための自信をつけていくことが大事になってきますよね。そういう意味でも、ITについて聞ける相手が身近にいることはとても大きなことだと感じています。

また津和野町が掲げている「ゼロカーボンシティ宣言」もデジタルを使って可視化する事で、津和野の豊富な森林資源を活用したバイオマス発電の状況を、町民だけでなく誰もが見れる状況を作れると、もっと津和野町の森林に対する興味関心が高まると思っています。

一今後の目標はなんですか?

エルゴの活動を通じて、町民1人ひとりが自分らしく、ありたい自分や出したいエネルギーを出せる雰囲気作りが私の役割だと思っているんです。あとは、同じ想いの町民が一緒になって、みんなそれぞれがそれぞれのやりたい事をみんなで、一緒になって考えていく。そんな活動の中で、それぞれの町民が今まで気づいていなかった自分の可能性に気付くことができたり、取組みに対する想いが共感され自分も関わりたいと思う人が増えてきたりそんな感覚を大事にしていきたいですね。

この活動によって、地域が変わるというモデルを確立していく事で、これ自体がパッケージ化できるんじゃないかなと思っています。これこそ価値があって、津和野町が全国の地方創生の革新的なリーダーになっていくことが私の目標ですね。

また、津和野の美しい森林資源で、田舎だからこそ味わえる景色や、その景色を見ながらゆったりと過ごす贅沢な時間。その生活スタイル自体にもの凄く価値があるものだと思うんです。高価なものではないけど、こんな場所を創りたい。こんな時間をこんな風にみんなで味わいたい。それをそのまま実現できるのが、ここ津和野の魅力ですね。津和野町と都市部の循環が増え、多くの人が津和野の環境に身を置くことで、ここの魅力を感じ取って欲しいです。この価値を共有し合う事で、「幸せだよね」「こういう事大事だよね」と共感し合える心の豊かさがこの津和野にはあると思います。

編集後記

男性社会の意識がまだ残っていると感じる地域で、PTA副会長を経験した事がきっかけで、自分に役割があり求められていると感じ、環境を変えてくれた津和野をより良くするために、自分のエネルギーを使える事が有難いという岸田さんからは、津和野への熱い想いが溢れ出ていました。町民の想いを形にする事のプロセスが大事で、その経験によって町民が成長する事を、温かく支援するお姿が印象的でした。
またインタビューを通じて、都会では味わえない小さな町だからこそ出来る事。美しい自然環境やゆったりした時間の使い方が何よりも贅沢で価値があるのだと感じました。
岸田さんの目指す津和野の未来に、町民の躍動と心の豊かさがあるのだと思いました。

-コーディネーター紹介-

ID 島根県津和野町

こんどう ゆみ

金銅 由美

津和野町で生まれ育ち、その後関西へ進学。IT業界でのシステム運用を経験した後に、人財サービスAdecooに入社。派遣事業の営業アシスタント・案件マッチング・キャリアコーチに従事。その後正社員ITエンジニアの育成支援に携わり、生まれ育った津和野への地域貢献をしたいと考え、地方創生VI2022プロジェクトへ参画する。